東京高等裁判所 昭和26年(う)3849号 判決
なお職権をもつて按ずるのに被告人につき有毒飲食物等取締令違反の教唆罪として原審において認定せられた事実の要旨は、被告人が、その製造した一立方センチメートル中メタノール二ないし三ミリグラムを含有する焼酎約三石四斗の売却方を情を知らない原審相被告人平野モンに依頼し、よつて同女をしてその内約一石四斗七升を他に販売させて同女の犯行を教唆したというのであり、右平野モンの犯行として原審において認定せられた事実の要旨は、同女が右焼酎につきその規定量を超えるメタノールを含有する飲料水であるということを確めるに足る方法を構ずべき注意義務があるにかかわらず、これを怠り、その情を知らずしてその内約一石四斗七升を販売したというのであるから、結局被告人は右平野モンの過失による有毒飲食物等取締令違反罪を教唆したという訳になる。然るに教唆とは他人をして犯意を起こさせることを要素とする行為であるから過失犯に対する教唆という観念はこれを認める余地がない。ところで起訴状の記載を見るに被告人が、右飲料水を製造し且つその売却方を右平野モンに依頼するにあたりまた同女がこれを販売するにあたり被告人及び平野モンはいずれもこれが、一立方センチメートル中二ミリグラム以上のメタノールを含有することを認識していたという趣旨にとれるように示されている。しかしながら右平野モンが同飲料水を販売するにあたり右のような認識のなかつたことは前記のとおり原審において既に確定した事実であり記録に徴しても右認定が誤であると思われる点はない。そこで若し被告人が規定量を超えるメタノールを含有するものであることを認識しながら右飲料水を前記平野モンの過失を利用して販売するという犯意を有していたとしたら被告人にいわゆる間接正犯の責を問うて然るべきであるが被告人にかかる犯意があつたことも記録上これを認定することができないから被告人の所為を間接正犯であるとする訳にも行かない。これを要するに被告人に対する有毒飲食物等取締令違反教唆の公訴事実はこれを認めるに足る犯罪の証明がないものといわざるを得ないからこれを有罪と認定処断した原判決は違法でありこの点においても破棄を免れない。